文字 の 歴史

Add: hihajoh16 - Date: 2020-12-16 02:54:04 - Views: 7406 - Clicks: 6094
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文字は古代文明ごとに独自に発達して、メソポタミア、エジプト、インダス川流域では紀元前2500年前に生まれ、クレタ島、中国、メソアメリカでも考案されました。 この記事では、 文字の軌跡の年表; 文字の歴史を紹介; について書いていきます。. 英語を公用語とする国だけでなく、アルファベットは今や世界のいたる所で使われている。それはホームページのURLやメールアドレスに採用されていることからも明らかだろう。アルファベットというと普通はAからZまでの26字を思い浮かべるが、この数は国によって異なり、ドイツでは合計30字、フランスでは合計40字が日常的に使われている。アルファベットとは、A・B・Cといった文字そのものではなく、ひとつの音をひとつの文字であらわすというシステムのことなのだ。 では、そのシステムは、どこでどのように生まれたのだろうか。アメリカの考古学者ジョン・ダーネルは、エジプト南部における1993年~94年にかけての調査で、世界最古と考えられるアルファベットを発見した。紀元前20世紀ごろのものと思われるその碑文は、発見された谷の地名をとって「ワディ・エル・ホル碑文」と名付けられた。 ダーネル教授によると、この地にはかつて街道を警備するエジプト軍が駐留しており、その中にはエジプト出身ではない「アジア人」の兵士もいたことが、ヒエログリフのくずし字で書かれた別の碑文によってわかった。では、その「アジア人」は、どんな文字を使っていたのか。エジプトの文化を理解していない「外国人」の彼らが、意味と音声を併用するヒエログリフを使いこなすのは難しかったはずだ。そこで、ヒエログリフなどから文字の形だけを借りて、自分たちの言葉の「音」を表現する文字システムを開発した。それが「ワディ・エル・ホル碑文」に刻まれた、最古のアルファベットだと考えられるらしい。 彼らはヒエログリフが使えなかったからこそ、アルファベットをつくることができた。そしてこの「意味ではなく音を表す」システムであったことが、アルファベットが言語と文化の違いを越えて拡大した大きな理由だといえるだろう。. これほど早い時期に豊かな文明を築き上げたシュメール人とは、どんな民族であったのか? これは、考古学上未解明の謎なのだ。 彼らがいつ、どこからメソポタミア南部にやって来たのか、そして、彼らが話していたシュメール語がどのような言語系統に属していたのか。 これらの問題は全て分かっていない(シュメール問題)。.

【無文字社会における歴史と口頭伝承】 かつては歴史研究といえば,文字のある社会に限られていた。しかし,いうまでもなく文字の使用自体,人類史の全体からみれば,わずかな時代と社会に限られていた。. 都市国家として発展したシュメール文明は、紀元前2350年頃、サルゴン率いるアッカド王国に征服され、セム人の支配を受ける。 文字 の 歴史 この時代に都市国家の垣根は取り外され、メソポタミアは一つの領土国家となる。 さらに、山岳民族のグティ人(現在のクルド人と同じ民族ともいわれる)の支配が始まり、この地方は暗黒時代を迎える。 多くの像が見つかっているグデア王が、ラガシュで独立したのも、この時代の事だ。 だが、やがてシュメール人は自らの支配を取り戻し、紀元前年頃、ウル第3王朝として復活する。 ウル・ナンム王以下5代の王たちからなるウル第3王朝は、100年程の短命王朝ではあったが、シュメール文明として最も繁栄した栄光の時代である。 そして、ウルを首都とする中央集権国家体制が完成した時代でもあった。. . ここまでの話から、邪馬台国で話されていた言葉は上代日本語につながっている可能性があります。この上代日本語は中古、中世、近世と経て現代日本語につながっています。 したがって、文字というかたちで分かるほぼ確実に話されていた日本列島内の言葉は邪馬台国の言葉であり、その言葉は現在の日本語の流れからは外れていない可能性があるので、日本語は邪馬台国の卑弥呼(ヒミコ)の時代には使われていた、とも考えられるのです。 もう少し分かりやすく言えば、2世紀末には使われていたことになるので、大雑把に言うと約1,800年前からは使われていたと言えるかもしれません。 ただし、邪馬台国の言葉が上代日本語につながっているという説が完璧ということでもありません。 今の日本語とのつながりが見出しにくいものもそれなりの数で含まれているため、日本語とは別の言語と考えることも可能です。もし、邪馬台国の言葉が現代につながる日本語とは距離があると考えると、ここまで考えてきた説は否定されます。. の根拠となる鉄剣の文字も文章ではなく名詞に過ぎないため、このころの日本語の文法などが上代日本語と同じだったのかと聞かれると「よく分からない」としか言いようがありません。 文法の視点で確実に現代日本語につながる上代日本語を使用していると言えるのは、「古事記」や「日本書紀」「万葉集」になってくるので7世紀後半(飛鳥時代。約1,300年前)となります。 ここから一応の結論として言えるのは、 日本語は遅くとも1,300年前から使われており、1,800~1,500年前の時点でも使われていたかもしれない、ということです。 今後、研究が進んで、より日本語の歴史が明らかになったら面白いですね。. 日本語がいつから使われているのかを考えるには、そもそも日本語とは何なのかを考える必要があります。 しかし、この日本語とは何かという問いに答えを出すのは、非常に難しいようです。 例えば日本語を日本列島に住んでいる人が話す言葉と定義するならば、日本列島に人が入ってきた時点から日本語が使われていたと言えてしまうからです。 それがどんな言葉であったとしてもです。 これはどの言語でも同じですが、言語には明確な「かたち」がありません。言語は日々変化しています。日本語も戦後に限ったとしても、「ら抜き言葉」や「やばい」という言葉の意味の拡大など日々変化を続けています。 そのため、日本語とは何かという問題はとても難しいのです。 日本語の場合、漢字が入ってくる以前には文字が無かったとされています。 一部では「神代文字」(しんだい/かみよもじ)と言われる日本独自の文字があったとする話もありますが、科学的な実証はされていないので、ほぼ確実に日本語として文字を使い始めたと言えるのは5世紀以降(6世紀という説も)です。 文字が残っていないと私たちは当時の言葉を推測できないので、漢字を使い始める前の日本に住んでいた人々がどのような言葉を話していたのかを知ることは、ほぼ不可能に近いのです。 ですが、文字さえあればある程度言葉を再現できるので、そこからであれば歴史を考えることが可能です。 そこで、今回はほぼ確実にどのような言葉を話していたことが分かる時点を「日本語の出発点」の手がかりとして考えてみることにします。.

アラビア文字 歴史 文字 の 歴史 アラビア文字(アラビアもじ)は、アラビア語をはじめ、世界中のイスラム文化圏に属する諸言語を記述するのに使われる文字。ラテン文字、漢字に次いで、世界で三番目に使用者数が多い文字体系である1&. See full list on wisdom-box. シュメール人以前に住んでいたと考えられる先住民のウバイド人と、シュメール人との繋がりも気になるところだ。 メソポタミアにはシュメール語で理解できない地名が幾つかある。 文字 の 歴史 ウルクやニップールといった都市の名前、それにユーフラテス川の本来の名前である「ブラヌン」などもシュメール語では理解できないのだ。 おそらく先住民の言葉が残ったものなのだろう。 この先住民については、地中海に起源を持つドラヴィダ系民族ではないかと指摘もあるが、やはり、詳細は未解明である。. ナシ族の中でもごく少数の「トンバ」と呼ばれる司祭によってのみ受け継がれている文字である。中国語での音訳は「東巴(Dongba)」。日本では、「トンパ」という言い方が広まっているが、本来は「トンバ」と発音する方が原語に近い。 トンバ同士の間で代々継承されてきたため、社会全体での標準化がなされておらず、異体字も多い。また、口語をそのまま書き記すものではなく、内容も宗教や伝承に関するものが多いため、真の意味で理解するのはとても難しいとされる。主に毛筆で書かれる。世界の文字の中でも唯一色によって意味を変えうる文字であり、黄色はお金、黒は悪などの意味合いをつけて字の意味を広げていく。 絵文字に近い独特の象形文字で、単字の構造は古代中国の甲骨文字に類似する点もあるが、文字に込められた民族的な意味合いなどは同じ意味の文字でも異なる場合が多い。例えば「天」を表す文字の場合、甲骨文字の天は下界とは切り離されたものであり、いかなる感情も持たないとされている。しかしトンパ文字の天は、優しく力強く世界を覆うといった意味を持っている。 ちなみに、トンパ文字の「女」は同時に「大きい」という意味を持ち、「男」は同時に「小さい」という意味を持つ。これはナシ族文化が伝統的に母系社会であることに由来する。 漢字のように、複数の部品を組み合わせて、会意字を作ったり、音を表す部品を付記する構成法も用いられるが、漢字のように明確な部首を持つまでには発展していない。また、象形文字を作りにくい形容詞などは、他の同音の文字で代用することが多くの文字で行われている。 ナシ族の活動範囲で特に重要な地名やナシ族と古来から交流のある民族などには独自の文字が作られている。麗江・玉龍雪山・金沙江などは独自の文字を持つ地名である。 トンパ文字で作成された古代ナシ族の百科事典ともいえる宗教典籍「トンバ経」が残されており、年にはユネスコの世界の記憶事業に登録され、デジタル保存が進められている。. 文字がないから記録がないという証言だ。歴史書などはないから会承は自分の見分として文字がないことを述べているのだ。それは608年からそう前のことではないはずだ。 文字が使えるようになった国家がまず最初に考えることは国史の編纂である。.

ルーン文字は完成された形で忽然と歴史に登場する。この事実は,ルーン文字が特定の個人あるいは集団において意図をもって作り出された可能性を示唆している。 文字構成. 「魏志倭人伝」は歴史で習う非常に有名な中国の史書です。 ここでは2世紀ごろから倭(古代の日本)にあった邪馬台国(ヤマタイ国)に中国の使者が訪れたときの話が書かれています。 この史書では、邪馬台国やその周囲の国名、人名、官職名が書かれています。 これは邪馬台国の人間が中国人に話した日本語を書いているので、当時の日本語ということになります(ただし、そう聞こえたものを書いているのでその通りの発音だったかは不明です)。 例えば「邪馬台国」(ヤマタイコク)という言葉自体、固有名詞なのでおそらく日本語です。それを漢字に当てはめて記述していると考えられます。 なお、推測に過ぎませんが、この「ヤマタイ」という言い方は「ヤマト」を聞き間違えたのではないかとする説もあります。 「ヤマト」という言葉は今でも使いますので、現代日本語とのつながりを感じさせる部分があります。ただ、当時の発音は音声があるわけでもないので、正確には分かりません。 「魏志倭人伝」には色々な日本語が出てきますが、これらの言葉は奈良時代以降に使われていた上代日本語と呼ばれるものと特徴がよく似ているという説があります。. 最古の法典 ウル・ナンム法典. 文字の成り立ちについて知り,漢字に興味を持つ。 昔の文字を石に彫り,自分だけの印を作る。 3.評価規準.

しかし、字喃は公用文字にされることはなく、20世紀にはローマ字を改造した正書法が確立して、使われなくなった。右図は字喃(チュノム)の例で、ベトナムの歴史書『大南国史演歌』の冒頭の部分。 補足 現在のベトナムの文字. 1 文字の起源と発展(文字とは何か、誰が必要としたか;言語と文字) 2 主要な文字体系—特徴、歴史、発展(エジプト文字;古代地中海の文字;コロンブス以前のアメリカの文字;極東の文字;セム文字;インド・東南アジアの文字;ギリシア圏とヨーロッパの状況;発明された文字). Amazonで孝一, 安岡, 素子, 安岡の文字符号の歴史―欧米と日本編。アマゾンならポイント還元本が多数。孝一, 安岡, 素子, 安岡作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. 漢字の歴史や起源とは? 漢字は、中国から日本へ伝わってきました。 漢字のはじまりは、紀元前1300年の中国で発明された「甲骨文字(こうこつもじ)」といわれています。. 地球46億年のあゆみのなかでの人類と言語」「1368. . 文字によって先史時代と歴史時代のはじまり、文字の起源はバラバラです。 文字の発明は文明の発達とも関係しており、地域差があるからです。 もっとも古い歴史時代の始まりは、古代の世界四大文明のメソポタミア文明、インダス文明、黄河文明. メソポタミア南部は、雨の少ない乾燥した砂漠であり、鉱物を一切産出せず、地表に石を見つける事すら難しい。 しかも自然の気まぐれと、絶えずコースを変える2つの大河は、この地方に時として大きな洪水を引き起こし、人々の生活を全て泥水で押し流してしまうのだ。 このように恵まれない土地だったにも関わらず、シュメール人たちは、日干しレンガで神殿や住居を建て、都市を築くという人類最古の文明をこの地に築き上げた。 紀元前3100年頃には、ウル、ウルク、エリドゥ、ラガシュ、キシュなどの都市は、大小の運河を整備し、神殿と城壁を持つ都市国家として出現していた。 それぞれの都市が守護神を持ち、近郊の農地から大麦を中心に豊かな収穫をあげていた。 行政経済の粘土板文書によれば、大麦は播種量の約80倍の収穫をあげたことが記されている。.

文字の歴史; iso 15924; 中西亮 : 世界の文字資料の収集家、研究者。 結縄 - 文字が発明される以前に、紐の結び方、ビーズなどで情報の伝達、条約などの保管を行った。 外部リンク. 1799年7月、エジプトに遠征していたナポレオン軍の兵士は、ナイル川支流の村ロゼッタで、高さ114㎝、幅72㎝、厚さ28㎝の石板を発見した。この石板には上からヒエログリフ、デモティック、ギリシア文字という3つの文字による碑文(ひぶん)が記されていた。このうち、当時解読されていたのはギリシア文字だけで、一番上に書かれたヒエログリフは1400年以上もの間、その記号システムが謎に包まれていた(二番目のデモティックは後にヒエログリフをくずして書いた「草書体」であることが判明する)。ギリシア文字の部分から、この3つの碑文は同じ内容を表していることがわかった。 ヒエログリフはエジプトの神殿やピラミッドなどに刻まれた象形文字で、古くは紀元前32世紀に使われていたことが知られている。タカやヘビ、ワニなどの絵が用いられていることから、ヒエログリフはアルファベットのような「表音文字」ではなく、漢字に代表される「表語(表意)文字」であると考えられていた。しかし、その思い込みこそが、この文字の解読を阻む張本人だったのだ。 イギリスの物理学者トマス・ヤングは、ロゼッタストーンのヒエログリフの碑文の中に、同じ文字列が繰り返し登場していることに気づいた。ギリシア文字との比較からこの文字列が「プトレマイオス」という王の名だと推測した彼は、ヒエログリフが意味を表す文字であっても、この部分に限っては表音的(アルファベット的)に綴られているに違いないと考えた。「プトレマイオス」はエジプト人にとっては外国であるギリシア語の名前なので、意味的に表すのは難しいと考えられるからだ(亜米利加や阿蘭陀などの表記に意味がないことを想起してほしい)。 ほぼ同時期、ヤングと同じように考えたフランスの言語学者ジャン・シャンポリオンは、ロゼッタストーンと他の遺跡を比較して分析し、ヒエログリフの一文字ごとの音を特定することに成功する。こうして1400年以上にわたる謎が解明された。ヒエログリフは意味の記号であると同時に音声の記号でもあるという、「表語」と「表音」の併用システムだったのだ。. 日本ではひらがな、カタカナ、漢字が使われていますが、このように3種類の文字を使っている国は日本だけ。 世界中のほとんどの国は1種類で、多くても2種類の文字しか使われていないのだそうです。. シュメール語は、これまで様々な言語と比較研究されてきたにも関わらず、親戚関係にあたる言葉すら分かっていない。 全く系統不明の言語なのだ。 同じように系統不明の孤立した言語は、スペインのバスク語、カフカスのグルジア語、それに日本語など、相互に関連付けようとする試みは成功していない。. この分野の研究はまだ途上で、多くの説があるものの決定的なものがないのが実情です。 その中で、文字として残っている最古の日本語を「日本語の出発点」とする立場で考えると、前述の2つの説をあげることができます。 1. 関心・意欲・態度 文字の成り立ちについて進んで知ろうとしている。.

しかし、考古学や歴史学に携わる公務員や学者は誰一人この不思議な文字に注目し研究している人はいません。 在野の研究家だけが真剣に取り組んでいるだけです。. ナイル川流域に栄えた古代エジプト文明が、ピラミッドに代表される石の分化だとすると、チグリス・ユーフラテス川流域に栄えた古代メソポタミア文明は、粘土の分化だといわれる。 メソポタミア地方は考古学的には南北二つに分けられる。 北部をアッカド、南部をシュメール、後に両者を合わせてバビロニアと呼ばれる。 北部にはセム系民族が住み、南部に住んでいたのが謎の民族といわれるシュメール人である。. 近年、シュメール語が解読されるようになると、系統すら分かっていないシュメール語の中に多くのアッカド語(セム系言語)が混じっている事が分かってきた。 文字 の 歴史 文字 の 歴史 例えば、戦争に関する単語の多くはアッカド語からの借用語だ。 これはシュメール人が本来、戦争を知らない平和的な民族だった事を物語っている。 しかし、彼らは決して戦いをしなかったという事ではないようだ。 初期王朝時代、ラガシュとウンマという都市国家間で「エデンの首」と呼ばれる境界をめぐり、大きな紛争があった事を粘土板は伝えている。.

2世紀末(弥生時代。約1,800年前)から使われていた 2. これが無文字文化の「記録」の誕生。一方、文化によっては「文字による記録」がかなり早い段階で始まりました。 絵文字の誕生 もともと、文字は、事物を形だった絵から始まったのはご存じの通り。. See full list on tokidesign. 「日本列島で文字が使われたのはいつからか?」。諸説あるが「5世紀ごろ」には確実に使われていただろうと考えられている。しかし、文字が. リシア文字に個別の課題というより,むしろ文字学に内在的する課題とい えよう。ギリシア文字の場合,西アジアにおける文字の歴史から俯瞰する ならば,ギリシア・アルファベット文字は単なる新参者にすぎなかったの. 『文字の歴史』 1956 岩波新書: G・ジャン/矢島文夫訳 『文字の歴史』1990 知の再発見双書 創元社: A・ロビンソン/片山陽子訳 『図説 文字の起源と歴史― ヒエログリフ、アルファベット、漢字』 創元社: 笹原宏之 『漢字の歴史 古くて新しい文字の話』. )漢字ほど、「人間的表徴」として、その自己表現を求め続けてきた文字体系は、他にその例を見ない」(白川静『漢字の世界1』平凡社)。このことが、漢字を「書の芸術」たらしめたという。 文字を美しく、装飾的に記すことは、どの時代のどの文化でも行われていた。しかし、「書」の芸術性は審美的な価値にとどまるものではない。それは線が持つ運動の芸術性であり、書くということそのものの芸術性であろう。漢字は、書くという行為によって「命」を吹き込まれた文字なのだ。そしてそれこそが、漢字がいまなお生き続けている大きな理由ではないだろうか。 日本では古代中世を通じて、漢字のことを「真名(まな)」と呼び、それからつくられた音節文字を「仮名(かな)」と呼んだ。大陸の文化への敬意に加え、漢字に込められた「命」への敬意が、「真」と言わしめたのかもしれない。パソコンやスマホの普及によって、私たちが文字を書く機会はめっきり少なくなった。漢字を忘れてしまったと嘆く向きも多いだろう。「命」を未来へつなぐためにも、この辺で一度、書くという行為を見直してみてはどうだろうか。 ちょうどこれからの季節、書店には来年の手帳が並び始めることだし。.

王朝末期には、西からセム系のアムル人、東からはエラム人の侵攻を受け、前1950年頃、ウル第3王朝はとうとう滅亡してしまう。 シュメール人も、国内に侵攻して来た多くのアムル人の中に同化していったものとみられる。. ウル・ナンムは最古の法典を制定した事で知られており、その時期はハンムラビ法典よりも300年以上も前である。 しかし、この時代を最後に、シュメールの栄光はメソポタミアの歴史から姿を消してしまう。. モンゴル文字 歴史 モンゴル文字は、ウイグル文字そのものでモンゴル語を筆写していた時期の古典的な「ウイグル式モンゴル文字」と、子音や母音の文字の整備がより進んだ「現代モンゴル文字」の 2 種類に大別される。. 【文字の歴史にも影響? 墨で化粧をしたり、模様を描いていたりした可能性もあるので、すずりが出たからといって、それで文字を書いていたと.

歴史時代は先住民の言語によって書かれた資料の存在によって定義される。ある領域での文字の発生は通常「歴史」に含めることのできない数世紀の断片的な碑文に続き、首尾一貫した文献の存在 (古代文学参照) のみが「歴史性」を示す。古代文学を持つ. 日本国内で見つかっており、学術的にも認められている最も古い文字記録としては、稲荷山古墳出土鉄剣(金錯銘鉄剣/きんさくめいてっけん)というものに刻まれている文字です。 これは漢文を使いながら、日本語の固有名詞(人名)の部分は一種の当て字をしています。この当て字を「万葉仮名(まんようがな)」と言います。 このような当て字を使って言葉を表現する方法は、漢字を使う地域ではよく見られる手法です。例えば、この鉄剣では「タカリ」という人物を「多加利」と書いています。これはおそらく当て字です。 日本には文字が無かったので、漢文では表せない日本語独自の部分は漢字を当てはめて書くしかなかったのだと思われます。これは逆に言うと、万葉仮名が当時の日本語の発音を示しているということなので、「日本語の出発点」とも言えるわけです。 この万葉仮名をもとにして、現在の「ひらがな」「カタカナ」ができているようです。 この鉄剣は471年(異説もある)のことと考えられる年号が出てくるので、5世紀末には万葉仮名で日本語を表記するようになっていたと考える根拠になっています。 では、もっとさかのぼることはできるのでしょうか。. シュメール文明の画期的な発明といわれる文字の使用は、ウルク期末にあたる紀元3200年頃にさかのぼる。 最初は素朴な絵文字として始まったこの文字は、いくつかの段階を経て、前2500年頃には楔形文字として完成され、各都市で使用された。 粘土板の上に葦(アシ)の茎を押し付けて書くこの文字で、シュメール人たちは、人類最古の文学として知られる「ギルガメシュ叙事詩」の原型や、神殿経営の実需を示す大麦の給付量や家畜の頭数、さらにそれらにまつわる様々な数字の計算を残してきたのである。.

紀元前年頃に編纂された「シュメール王名表」によると、シュメールの歴史は大洪水によって2つに分かれている。 洪水前に天から王権が下ったのは、南の最も海岸に近い都市エリドゥで、全部で5都市8人の王が24万1200年間支配したと述べている。 いわば神話的な記述である。 洪水後、再び天から王権が下ったのは、今度は北部のアッカド地方に近い都市キシュだという。 王名表によれば、キシュの初期の王の名前には、セム系のものが含まれている。. 歴史時代は先住民の言語によって書かれた資料の存在によって定義される。ある領域での文字の発生は通常「歴史」に含めることのできない数世紀の断片的な碑文に続き、首尾一貫した文献の存在 (古代文学参照) のみが「歴史性」を示す。. 日本と漢字 〜日本の漢字の歴史は1600年〜 中国から漢字が伝来する以前に日本には固有の文字はありませんでした。人々は神話や伝説などを全部口伝えで伝えていました。. この楔形文字(シュメール語)の発生につづいて、世界各地でさまざまな文字が発生していきます。世界史上誕生したすべての文字の基軸となった文字です。 ヒエログリフ(古代エジプト). 漢字は現代に残された、ただ一つの象形文字である。ヒエログリフやメソポタミアの楔(くさび)形文字をはじめとした古代文字は、その文明の滅亡とともに滅ぶか、先に見た通り、アルファベットなどの表音文字に置き換えられてきた。ではなぜ、漢字は誕生から数千年を経たいまもなお、使われ続けているのだろう。 白川静は、「漢字は輪郭的な平面描写を避け、抽象による線構成を志向した」という。たとえば「ヤマ」という対象を表現するのに、「△」のように輪郭をなぞるのではなく、「山」のように線の構成を用いたというのだ。「デッサンにおいては、線は「人間的表徴であり、おそらく判断の最も力強い表現である」とされるが、(.

See full list on rekishi-memo. 5世紀末(古墳時代。約1,500年前)から使われていた ですが、2. 文字による記録がない人類の歴史を「先史時代」と呼びます。ヒトの祖先・猿人は600万年近く前に生まれ、私たち「新人(ホモ=サピエンス)」は約20万年前に登場したとされています。文字が誕生したのは、紀元前3,500~3,100年ごろ。人類の歴史においては先史時代のほうが長いんですね. 池袋の古代オリエント博物館で「世界の文字の物語」を見学した。それによると紀元前3000年頃からエジプトや古代オリエント〈今のトルコ、イランあたり〉で楔形文字、象形文字、アルファベットの原型が粘土や石に書かれたのが始まりという。内容は王の功績を称えるものや戦い様子、結果.

See full list on wpedia. 「文字の歴史を探ろう」 2.目 標. 言語と文字の歴史は浅い」「751.

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